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令和元年度おごおりっこからのメッセージ文集~中学生の部~

 

~中学生の部~(PDF:721KB)

 

 

 

9 人生の選択

宝城中学校 3年 佐久間 たみ

 

 私が、クラスメイトのお母さんに会ったときに「この前スピーチしたけん、動画よかったらみてね。」とユーチューブにあがっている、一つの動画をすすめてくれました。その動画は「ワクワクから始める未来
の種」という題名で、「夢を叶えるために、いろんなことに挑戦してきた」その方の人生のお話でした。
 動画を再生してみたら、その動画は私にこんな言葉をなげかけてきました。
「人生の選択に迷ったとき、みなさんはどうやって進む道を決めていますか?例えば、先が見えている安定した道と、先は見えないけれどなんだかワクワクする道。」
私の答えは決まっています。「もちろん、私は安定した道を選びます。先が見えないような道は、なんだか不安に押しつぶされそうで、進んで行こうなんて思えません。」と。そうなんです。私は、いつもすぐに安定した方へと逃げてしまいます。だから今まで嫌なことや、不安なことから、すぐに逃げてしまうそんな自分のことが、あまり好きではありませんでした。逃げることの繰り返しで、向き合おうともしない自分のことが嫌になります。
 私は、学生の本分の勉強が、大嫌いです。できることなら、一生勉強なんてしたくないと思っています。提出物は、毎回しっかりと出していました。でも、自分から進んで勉強していたかと言われれば、あまりしていませんでした。勉強をあまりしていなくても、テストでは、それなりに点数はとれていました。ところが、夏休みに塾で受けたテストは今までとは違いました。手応えは、まあまああったのですが、結果は想像以上に悪く私は思わず二度見をしてしまいました。そのテストには一年生と、二年生のときの範囲も入っていました。復習なんて、そんなめんどくさいことは、もちろんやっていませんでした。今まで、「勉強なんてしたくない。」と逃げてきた分の内容が、そのテストにはぎっしりとつめこまれていました。しっかりと勉強をしていたら、こんな点数は取らなかったんだろうなと、とても後悔しました。
 私は、今年受験生で、人生の大切な選択の真っ最中です。行きたい高校、やってみたいこと、そして将来の夢。まわりの人は、どんどん決まっていっているのに、私は特にありません。でも、まわりの人に置いていかれないように、「はやく決めなくちゃ。」とあせり、真剣に考えずに、「今の私の偏差値くらいの高校でいいかな。」と、適当に決めていました。このときも、私は逃げていました。「将来」や「挑戦」という不安から。
 でも、このスピーチを聞いたときに、私の中のなにかが変わったような気がします。
『一度きりの人生、楽しまなきゃもったいない。リスクがあったとしても、いつもワクワクする道を選んでいます。「生きる」を味わうために。』
そうスピーチで聞いたときに、私はハッとしました。私は、いつも「不安だから。」「めんどくさいから。」と、適当な理由をつけて、「人生」に背を向けて、心から楽しめていないんじゃないか、味わえていないんじゃないかと。
 逃げてばかりで、「人生」に背を向けて過ごしていくよりも、不安に向き合ってこそ知る楽しさや、喜びの方が、何倍もいいんじゃないかなと思います。だから「やりたくない。」と、すぐに逃げる自分を変えて、「やってみたい。」と挑戦していける自分になっていきたいと思いました。
 私は今、適当にではなく、本当に自分が行きたいと思える高校を見つけることができました。その高校に行くために、大嫌いな勉強にも向き合い、自分なりに一生懸命がんばっています。先月のテストの結果は、夏休みのテストよりも点数が高くなっていました。「がんばったかいがあったな、挑戦してよかったな。」と思っています。
 私は、自分の人生は、自分の選択次第で良い方にも、悪い方にもなるということを学ぶことができました。私の人生は、私のものです。だから、逃げてばかりではなく、心から楽しめるように、自分で「これから」を決めていきたいと思います。失敗や不安、嫌なことにも向き合って、はじめて「本当の幸せ」を感じることができるということに気づけたので、もし今、「先が見えている安定した道と、先は見えないけれどなんだかワクワクする道。どっちを選ぶ?」と聞かれたら、迷わず今後、自分が進みたいと思えた道が、例え先が見えない道だったとしても、恐れずに挑戦していきたいとはっきりと答えることができます。

 

 

 

 

10 当たり前への感謝

三国中学校 3年 村上 菜穂

 

 みなさんにとって当たり前とはどのようなことですか。当たり前と聞いたら、ご飯を食べることや学校に行くこと、勉強することなどと考える人が多いと思います。私もそれが当たり前だと思って生活していました。
 2017年7月5日。九州を大雨が襲いました。私が住んでいる地域は、何も被害はありませんでしたが、朝倉地区では身動きがとれないほど、浸水していました。これは、たまたま朝倉地区だっただけで、私たちが住む小郡市で起こっていてもおかしくなかったはずです。そこで私は、朝倉地区の方々に何かできないかと思い、炊き出しボランティアに参加しました。私はそこで感じたことがあります。それは、ご飯を食べられることが当たり前ではないということです。私は今まで当たり前だと思っていたけれど、ご飯をもらいに来た人が想像していたよりも大勢来ていたことにおどろき、ご飯を食べられることが当たり前ではないと思い知らされました。もし自分が被害にあって当たり前のことができなくなっていたら、きっと何事にもやる気をなくしていたんじゃないかなと思います。
 私が1年生の時、部活動で高校生と練習させていただく機会がありました。その時、高校の先生が、「当たり前の反対は感謝。」とおっしゃいました。私は、この言葉が忘れられません。この言葉を聞いたとき、前は部活動ができることやご飯を食べられることは当たり前のことだと思っていました。しかし、部活動など当たり前のことを当たり前のようにしたくてもできない人がいます。その人たちのことを考えると、ご飯を無駄にすることなく全部残さず食べようと思ったし、部活動ができない人たちの分までもっと頑張ろうと思うことができました。部活動ができることやご飯を食べられることなど、当たり前のことが当たり前にできているのは、誰かが準備してくれたり、私たちが、知らないところで動いてくれる人がいるからです。私たちのために動いてくれている人たちへの感謝を忘れてはいけないと思います。
 私がみなさんに伝えたいことは二つです。一つは当たり前のことのようにしているご飯を食べることや部活動ができることは当たり前ではないということです。朝倉地区の方々のように急に当たり前の日常をうばわれ、当たり前のことが当たり前にできなくなる日が来るかもしれないということを頭に入れて生活してほしいです。もう一つは、当たり前のことが当たり前にできていることに感謝を忘れないことです。先程も言ったように、当たり前のことが当たり前にできているのは、誰かが準備してくれていたり、私たちが知らないところで動いてくれている人がいるからです。私たちのために動いてくれている人たちに、感謝することが大切だと思います。してもらったことを次は私たちがして、いろいろな人たちを笑顔にしたいです。
 私たちが当たり前のことを当たり前にできることに感謝して毎日を過ごしていきたいです。

 

 

 

 

 

 


11 自分にできること

立石中学校 3年 志賀 優来

 

 私は、中学生になって親のことや家のことを考えるようになりました。
その中でお金がかかることが増えていくのがとても申しわけないと思いました。
 そう思う大きな理由として、私の親がシングルマザーだと言うことです。私には姉が一人いて私の母親は一人で家のやりくりをしています。母親は看護師をしているけれどあまり大きな病院で働いているわけではないので、毎日働いてとても大変そうです。小学生のころは、ほしいものはほしい、したいことはしたいと何でも言っていたけれど、家の事情が分かるとあまり言えなくなってしまいました。ですが、私の母は私の誕生日やクリスマスなど決まってプレゼントを買ってくれます。私はそんな母の思いがうれしい半面、口には出せないけど本当に申しわけないという気持ちになります。姉は高校生でバイトもできるので自分のものは自分で買うことができます。でも私はバイトもできないし部活をしていたときもこれからの受験に必要なものも親に買ってもらうことしかできません。母は「必要なものへのお金は出すし、あなたがお金のことで気にする必要はないよ。だから、逆にいるのもを無理してまでいらないって言われる方が困る。」と言います。母の気持ちを組み取れば、いるものはいると言った方がいいのは分かるけれど私はあまり言い出すことができません。
 だから私はこの時期から「できるだけ母に迷惑がかからない道を進もう。そうしたら母も少しは楽になる」と考えるようになりました。
 まず、私は最初に思ったのはお金がかからない高校に行こうということです。高校生になるとどうしても教科書代や新しい制服、施設代などたくさんのお金がかかります。だけど、その中でも私立高校より公立高校の方がお金をかけずに行くことができます。だから、私の一つの理由として公立高校に行くという目標ができました。
 そしてもう一つの考えとして将来の職業を安定しているもの、もしくは親に迷惑がかからないものにしようということです。毎日の母の仕事から帰ってきた様子をみるととても大変だということが分かるので仕事は全然楽じゃないことは実感しています。だけど、私は母は迷惑がかからない仕事につければ母は楽になると思うので母も安心できるような将来を目指そうと思いました。
 どんな高校に行けばいいのか、どんな職業につけばいいのかまだ分からないことばかりでなやんだり不安になったりすることが多いです。だけど、私は母が今よりももっと楽に、もっと我慢せずに生活ができればという思いをもってがんばろうと思います。私は母が苦労していることも本当はとても我慢していることも知っています。その姿をみてきた私だからこそ母への今までの恩返しができると思います。まださだまっていない目標だけれど母が今以上に笑顔になってくれることを望んでいます。将来のことや目標だけでなく普段の生活から母を支えられるように家の手伝いや母へのプレゼントなど、できるだけのことをこれからもずっとしていきたいと思っています。母はとても我慢強く優しいので私がお母さんに迷惑がかからないようにがんばると言っても、自分の好きなことをしていいよと言うかも知れません。だけど、母を安心させ笑顔にすることが私の好きなことです。
 これからも母を支え支えられながら大好きな母がこれからもずっと笑顔でいられるように一つ一つしっかりとがんばっていこうと思います。それが私のできる最大の恩返しです。

 

 

 

 

 

12 考え方

大原中学校 3年 安部 拓磨

 

 みなさんは普段、プラス思考で生活できていますか。
プラス思考というのは前向きに考えるということですが難しくてできていない人が多いと思います。私は今までマイナス思考で過ごしていましたが、マイナス思考ではいけないと思い、中学二年生くらいから考え方を変えました。
 私が考え方を変えたのは、野球部のキャプテンになってからのことでした。野球部ではこんな言葉が飛びかっていました。
「だるい」「きつい」「暑い」「眠い」などの言葉が飛びかっていました。私はその言葉を聞いたときに、「それはそうだな。だけど、だるいとかきついのはみんな同じなんだよな。しかも、そういう言葉を聞くとますます、マイナス思考になって練習も楽しくなくなるよな。」と思いました。このことがあってから私はマイナスなことを言わないように心の中で決めました。
 もう一つ私がプラス思考になったきっかけがあります。それはおこられたときです。人に直接おこられると、いらっと来る人や悲しくなる人など様々な感情がわきます。私は以前、おこられたことと、自分がやったことを認めて、後でおこられたことを考えてしまい胸が苦しくなったり、悲しい気持ちになってしまうことが多くありました。そんな時に私はこのままではいけないと思い考え方をプラス思考に変えました。例えば、おこられたら「期待されている」と思ったり、まちがいや失敗をしたときは「失敗は成功のもと」と思ったりしました。そうすると落ちこんだり、悲しくなったりすることが少なくなりました。
 私は生活をしている中で心がけている言葉があります。よく言われることが多い言葉です。「できる、できないかではなく、やるか、やらないか」という言葉です。私はその言葉の中の「できる」という言葉を多く使うようにしています。初めに言った「やるか、やらないか」という言葉の意味と合っていません。
しかし、私は「できる」という言葉を使っていると、無理そうなことでも挑戦しようという気持ちになるので、いつも使うようにしています。「できる」という言葉は私のお気に入りの言葉です。
 みなさんも悲しいときやつらいときに落ち込まずに、そのことを前向きにとらえて楽しい生活を送りましょう。また、自分を前向きにしてくれるお気に入りの言葉を探してみましょう。

 

 

 

 

 

 

 

13 心のバリアフリー

小郡中学校 3年  田中 宏政

 

 皆さんは、車椅子バスケットボールの試合を見た事がありますか。普通のボールやコートを使い、車椅子に乗ってプレーするのですが、初めて観戦した私は、激しい動きとスピードで車椅子同士がぶつかり合い、転倒も多く
迫力があるプレーの力強さに圧倒されました。
 その時に、車椅子バスケットボールを体験させてもらったのですが、座った状態からのゴールリングはいつもより高く、コートはいつもより広く感じられました。同じ場所なのに、視点の違いでこんなにも違って感じられるものなのか、と初めて意識することができました。ある選手が、
「車椅子に乗る障がい者だから何もできないわけじゃない。できる事に挑戦するのを諦めない気持ちが大切なんだ。それが楽しいんだ。」
と話してくれました。さらに「バスケが好きで、プレーするのは楽しいと思う気持ちは、障がいがあってもなくても皆と同じだろう。」と言って笑っていました。車椅子で生活する人は出来ない事や周囲の手助けが必要な事があるのも事実ですが、気持ちや考え方、人間としての違いなどはなくて、得意な事・苦手な事があるということで、それは個性の違いみたいなものかもしれません。そう考えていると自分の中で、どこか無意識に作っていた小さな壁が、スッと消えたような気がしました。
 小学生の頃、足を骨折していた時に、人混みで危なくないよう、ショッピングモール内の移動に車椅子を使う事を提案されたことがあります。その時、私はとっさに
「車椅子は恥ずかしいから乗らない」
と言って断りました。その時の私は、車椅子に乗る障がいのある人を差別するつもりでいったのではありません。ただ、その時自分にとって、車椅子を使うのは特別な状態であり、人混みの中、普通じゃない事をして注目されたら恥ずかしいと思って言ってしまったのです。
 それでもこの発言は、私の中で無意識に、車椅子に乗る人は特別、人とは違う、という偏見があったからではないかと気づかされ、ハッとしました。車椅子に乗って生活している人を傷つけるひどい言葉だったと、今はとても深く反省しています。
 偏見はないつもり、悪意はないつもり、そんなつもりはなかったけれど、という発言が障がいのある人を傷つけてしまっている状況は意外と多いのではないでしょうか。その上これが、意識的な発言になれば、一体どれ程相手を傷つけてしまうのでしょうか。
 こんな出来事もありました。あるスポーツの大会で、車椅子利用の方が広いスペースと低い柵で作られている車椅子用の観覧席に来られたのですが、そこには参加チームの保護者が荷物を置いて使えなくなっていたそうです。荷物を移動してもらえるよう頼んだのに、その保護者達は、
「ここじゃなくて他の場所で見ればいい。」と言って譲らなかったそうです。この状況を主催者に伝えましたが対応はされず、結局、車椅子の人は会場から去る事になりました。さらにその後、主催者と保護者の言った言葉は、信じ難いものだったそうです。
「車椅子なのに見に来るなんて迷惑だ。」
 これを聞いて私は驚き、とても残念な気持ちになりました。迷惑なのは、車椅子用観覧席を荷物で占領していた人達のマナー違反行為だからです。
 せっかくのバリアフリー設備が整っている施設が、利用者や主催者の自己中心的な言動によって、バリアフリーではなくなってしまいました。その言動は障がいや車椅子を受け入れない固いバリアで、会場や交流する心を閉ざしてしまったのです。こんなひどい事は、二度と起こさないようにしなければいけないと思います。
 しかし、もしかしたら逆に、バリアフリーの設備が完璧には整っていない施設でも、そこにいる利用者の手助けや、主催者の理解ある対応や工夫次第で、車椅子利用者にも優しい、バリアフリーな空間にすることもできるのではないでしょうか。
 相手の気持ちを考え、そんなつもりではなかった、という失敗を繰り返さないように気をつけること。自分勝手なマナー違反で人を傷つけたり迷惑をかけないようにすること。一人一人の心がけ次第ですぐにできる人権を尊重する行動を大切にしていきたいと思います。皆の心とマナーがあってこそ、本当のバリアフリーを完成させる事ができるはずです。心のバリアフリーを広げていこうと思います。